【第五話】ニュースワイドの時間です。

「ニュースワイドの時間です。」 小林麻耶 「また来週お会いしましょう。さようなら」 今週も苦しい一週間が終わった。 一時間の生放送で今日は一体何秒話せただろうか。 でもこの生活もあと少し。 私がいなくなっても番組は続いていく。 その現実が受け入れられないけれど、世界はそうやって回っていく。

上京して8年。 大学時代に福岡の地方局で学生キャスターとして情報番組のお天気コーナーを担当。卒業後、東京のフリーアナウンサー事務所に所属。 朝のお天気を3年、スポーツ番組のアシスタントを3年。 星の数ほどいるフリーアナウンサーとしては順風満帆な経歴だろう。 自分でもそう自負していた。プライベートも犠牲にして、仕事だけ頑張ってきた20代だった。

あの時のことは今でもはっきりと覚えている。 目の前には事務所の社長、チーフマネージャー。「ニュースワイドのメインキャスターに中村を起用したいとオファーがあった」「えっ? 本当ですか?!」「中村愛メインキャスター! おめでとう!」「本当に、本当に、ありがとうございます!」 やっと掴んだニュース番組のメインキャスター。「ニュースワイド」と聞けば誰でも知っている番組。 毎週月曜〜金曜日、夜10時からの生放送。独自の目線でニュースに切り込む番組のテイストは視聴者にも受け、この時間帯にもかかわらず視聴率は10%を超える番組だ。メインキャスターを務めていた女性の結婚を機に次期キャスターを考えている、という噂は聞いていたが、まさか自分に話が舞い込んでくるとは……。これまでの頑張りを認めてもらえたような気がした。だからこの番組に命をかけるつもりだった……。 でも4月から半年、結果はついてこなかった。「ニュースワイドの視聴率一桁に。中村愛キャスター降板か?」「中村キャスター不人気。実力不足露呈」「座っているだけのお飾り扱い。キャスティングミス」 毎週毎週、週刊誌の報道は過熱する一方。 確かに番組の顔である私に非難が集中するのは仕方がない。 日本CD大賞の司会も2年連続で務め、人気料理番組「キッチンですよ!」のアシスタントとしても評価を得た。メインキャスターの責任がこれほどまでに重いとは思いもしなかった。逃げ出したい。でも逃げられない。誰か助けてほしい。でも助けてくれない。もう限界のところまできていた。

目の前には事務所の社長。チーフマネージャー。 半年前と同じ光景なのに空気だけは重い。「今年いっぱいでメインから降りてもらうことになった」 うすうす感じてはいたけれどあまりにも辛い現実。「中村は頑張ったよ……」 別にそんな言葉をかけられても何にも変わらないし、辛いだけ。 頑張ったつもりでいる。でも結果が全て。「わかりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 それしか、言えなかった。

いつから自分の感情を押し殺して生きてきたのだろうか。 男性の隣に立って女性は華を添えるだけ。 そんな仕事が多かった。意見を言いたくても言えない空気。聞き分けがいい子を演じてきてしまった。

暗い玄関を開けた、その音が大きく聞こえる。誰も迎えには来てくれない。 窓から見える東京タワー。今日もライトは消えている。 もうしばらくライトが点いた東京タワーを見ていない。 旅行のときに眺めた東京タワーはキラキラと輝いていて、ただ見ているだけで幸せな気持ちになった。両親からは「何が楽しいの?」と言われたが東京タワーは格別なものだった。だが、今の愛は東京タワーを見ても何も感じない。

番組終了まであと3ヶ月。 番組が終わってしまったら私はどうすればいいの……。 携帯を取り出し、電話をかける。こんな時に弱音を吐ける相手は母しかいない。「もしもし? あ、お母さん元気? ちょっと今日辛いことがあって」「どうしたとね? 話してごらん」 その暖かい言葉に涙が溢れてくる……。「……福岡に帰りたい」「急にどうしたと? あ、そうだ、あなたが好いとう十二堂えとやの梅の実ひじきと山椒じゃこひじきば送っといたけんね。それから結婚できるように恋木神社のお守りも一緒に入れといたけん。もしもし? 愛……?」「お母さん、ごめん……」 やっぱり電話をしなければよかった。 心の奥底に閉じ込めてきた感情が一気に吹き出しそうだった。ここで弱音を吐いたら全部がダメになる。もう東京で頑張れなくなる。番組を降ろされることは母には言わず、電話を切った。そのままソファに倒れこむと、涙が止まらない。一人で泣くしかなかった。どれくらい泣き続けただろうか、大学時代の楽しい時期を思い出した。 大学2年生の時、食堂でご飯を食べていると広告研究会の先輩に「ミスコンに出てみない?」と声をかけられ、人生は大きく変わった。自信は全くなかったけれど、せっかくだから大学時代の思い出にとミスコンに出場した。将来のことなど考えてもいなかった。結果はグランプリを受賞。その副賞として地元のテレビ局へお天気キャスターとしての出演が決まっていた。あの頃は右も左もわからずただただ流れに身を任せることで精一杯だった。お天気の原稿を何度も何度も下読みし、間違えないように一文字一文字丁寧に読むように心がけた。放送中のことは記憶がないくらい緊張していた。そんな中でも凄く充実していたし、キャスターとしての自覚も少しずつ芽生えてきた。

「テレビ局のアナウンサーになりたい」 キー局のアナウンサー1本に絞って就活をしたけれど、そんなに甘いものではなかった。惜しいところまでいったテレビ局もあったけれど、あと一歩のところで採用はされなかった。そんな時今の事務所を紹介され、東京でこの仕事を始めた。私を落としたテレビ局を見返す。受かった子達も見返してやる。フリーでも頂点まで行けることを見せつけてやる。そんな気持ちで突っ走ってきた。頂点まで登りつめたつもりでいたけど……。

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